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フィリピンのストリップ



20年位前になりますか。私は、ピナとつきあっていたことがあるんです。
彼女が一時帰国したとき、私はフィリピンまで追いかけてしまったんですよ。

その時、フィリピンが気に入ったので、彼女の帰省の度に訪問したものです。



初訪問の時、彼女はマニラ空港まで来てくれたんです。
彼女の家はミンダナオ島だったので、
2回目以降の訪問では、そっちで待っていてもらいました。

そんなわけで、マニラについた初日の夜を利用して
フィリピンのストリップ劇場に行ったことがあるんです^^


泊まっているホテルの1階ロビーで、私がストリップ情報を集めていたら
仕事上がりの従業員が私を見つけて、ストリップに連れて行ってくれたんです。

劇場のある辺りは、歌舞伎町のようなネオンぎらぎらではなく、薄暗い所でした。
それぞれの入り口近くに、少しだけのネオンサインがあるだけでした。


ストリップの入り口には、まるで牢屋のような鉄格子がついていたんですよ。
筋肉ムキムキの強面(こわもて)のお兄さん達が、鉄格子横に立っていました。
私たちが近づくと、彼らに呼び止められました。門番みたいですね^^;

ホテルの従業員が入場したいことを伝えると、
ムキムキ君達は鉄格子を開けてくれました。

鉄格子の奥は、赤い光がついていて、地下へおりていく階段になっていました。
私たちは地下へ、うすぐらい階段を下りていきました。


一番下の所に、受付がありました。私は彼の分も入場料を払ったんです。
当時、現地のペソを日本円に換算して、2人分で 1,000円位でしたかね。

私が入場料を払い終わったら、いかつい男が扉を開けてくれました。


劇場の中は、西船OSくらいの広さでした。
テーブル席が、ステージを挟んで左右に5ずつ2列ありました。

日本のストリップ劇場と違って、ステージ部分が低かったんですよ。
古代ローマの劇場のように、客は高い所から見下ろす造りだったんです。

私たちは、ステージに近い席に案内されました。
ドリンクが1杯付いていたので、サンミゲルというビールをもらいました。
女の子がバニーガールの格好をして注文を取っていたんですよ。

バニーガールは踊り子では無かったんですが、連れ出しはOKだったんです。
私にウィンクしてくれたので、連れ出そうかと思っちゃいましたよ。


ステージでは女の子が5人ずつ出てショーを見せてくれました。
彼女たちは水着で1曲踊って、パッと脱いで隠しながら踊りました。


色々な人たちが私に近づいてきて、気に入った娘はいないか聞いてきたんですよ。
私好みの娘がいたので、ママさんに気に入ったことを伝えると・・・・
ママさんとの交渉(宿泊先に姫を連れ出す)が始まったんですよ。

劇場には個室などなく、お楽しみはホテルに連れて出してからだったんですね。

日本円で 10,000円ほどを要求されましたが、値引き交渉をすると・・・・
あっさり 7,000円まで値切れちゃいました^^
ひょっとしたら、10,000円というのは「日本人価格」だったのかもしれません。


テイクアウトを決めたら、即、タクシーでご帰還です^^

一緒にシャワーを浴び、私が椅子に座ったら、彼女は私の一物をくわえだしたんです。
彼女の舌技を堪能した後、場所をベッドに変えて、互いに舐め合いました。

クリトリスを思いっきりなめてあげると、彼女は上気してきた様でした。

彼女は、手慣れた手つきで、ゴムを一物につけると私の上に乗っかったんですね。
女性上位で始まり、正常位で果てました。

可愛い子だったので、人気があったのでしょう。
彼女のあそこは使い込まれている感じでした。


一戦を終えると、彼女とシャワーを浴び、帰り支度を始めまたんですよ。

家に弟や妹などが待っているので、帰るとのことでした。
日本円で 1,000円分を、タクシー代として彼女に渡し別れました。



翌日、私はすっきりした顔でミンダナオ島に着きました。
あまりにも、顔が すっきり しすぎていたんでしょうかね~。
なぜか、マニラで遊んだことがバレてしまったのでした。

しっかりシャワーを浴び、匂いなど残っていなかったんですがね~。



関連する記事を下に集めておきました。

☆個室については
http://uragekijou.blog102.fc2.com/blog-category-6.html


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[ 2013/02/15 08:00 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

タッチが楽しみだった



千葉本番小屋で、ジャンケンをしていた埼玉のお客さんは多かったですね。
タッチする時、空いている所から列に入り込んでタッチしていました。
埼玉のお客さんは、積極的な人が多かったですね。


ところが、私の地元千葉の客は、奥ゆかしい人が多かった。
千葉の客は地元の劇場で、隙間から入りこむ積極的な人は少なかったです。


千葉の客が埼玉に行くと、割り込みの列ができたけど並べなかった。
そもそも、地元の人でないと、前席が空かなくてタッチできなかった。
そんな経験をこぼしていた千葉の劇ジェーロは、多かったようです。


個室は行くけどジャンケンしないお客さんは、タッチを楽しみにしていました。
スペイン語は話せないけど、女の子との会話を楽しみたいという客は多かったようです。
そんな客は、タッチする時、会話しやすいステージのある劇場に集まりました。

イスとステージの高さが同じ劇場が、会話しやすかったそうです。
さあ、皆さん思い出してみませんか。イスとステージの高さがほぼ同じだった劇場、関東で

茨城県では
水戸A    :社長が熊みたいな

群馬県では
伊香保銀映  :畳敷きの劇場
伊香保ビッグ :隣り合うおしゃれな劇場
水上ビック  :温泉の時期だけ開いていた
草津ロック  :小さな椅子が印象的だった

埼玉県では
大宮フランス :個室の数がだんとつ1番
越谷大劇   :冷房が直ぐ凍って壊れた
蕨OS    :個室のチケットで、みんな悩んだ
蕨ミニ    :アットホームだった
西川口テアトロ:ポパイが居た。

千葉県では
松戸A級   :袖の小さな個室が懐かしい
船橋大宝   :平成元年の手入れを食らわず、県内で西船に次ぐ本番数があった
ララ劇場   :周富徳みたいな顔の社長がいた
西船OS   :とにかく、やることが大きかった

東京では
渋谷OS   :ラブホ街近くにあった
道頓堀劇場  :漫才師が有名だった
新宿ニューモダンアート:アングラ劇団が沢山出た
池袋スカイ  :マスコミを賑わせた
新宿OS   :寺の隣にあった
上野東洋   :相手を選べない個室だった

神奈川県で
鶴見新世界  :朝の無料個室が懐かしい
ツルミ劇場  :ぼやでつぶれた
日の出劇場  :天井に観音様の絵があった
野毛ミュージック:周りの派手さに目立たなかった

山梨では
石和ロック  :一番石和の駅から遠かった
石和ニューアート:最後まで劇場名が変わらなかった

以上が、タッチでお勧めだった劇場です。

栃木の劇場が無いのは、私の行った中に条件通りの劇場が無かったからです。


皆さん、これら以外のも含め、劇場に対する思い出を語ってください。
劇場は裏世界ですけど立派な文化です。




ランキングはこっちじゃ

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[ 2013/02/10 23:54 ] 豆知識 | TB(0) | CM(0)

水戸ニューコマ劇場二輪個室



二輪車(参:裏今1),3P(参:裏今2)と、複数プレイの出し物の話をしてきたわけじゃが、
今回は、二輪車個室の話を載せようと思う。

残念なことに、ワシは風の頼りに「水戸で双娘(ふたご)の二輪車」のこと
を聞いただけで、見たことも入ったこともない。
見てないものや体験は今昔に載せない主義なんで・・・・

今回は、船橋の大仏君に代打を頼むとするかの~。

それでは、茨城の水戸ニューコマ劇場での個室二輪車の話を頼んだぞ。



残念ながら、私自身も個室で二輪車プレイをしたことはありません^^;
二輪車プレイをするために、個室に向う客達を見かけただけなんですよ。


水戸ニューコマ劇場は、個室に向う扉が舞台袖にあったんです。

事務所で、袋詰めされたおしぼりなどを女の子は受け取っていました。
そして、お客さんと一緒に客席を通過して、個室に行ったんです。
だから、誰が どの女の子の個室に行ったかなんて 一目瞭然でした。


何度目かの来訪の時、客が女の子2人と個室に向かうのを見たんです。

隣の席にいた常連さんに、冗談で、二輪車みたいだねと話しかけたら
本当に二輪車だ
と教えられたんですよ。驚きましたね~。


興味がわいたので、事務所で二輪車についてさっそく尋ねてみました。

二輪車セットなるものがあって、何組かの組み合わせがあったんです。
組み合わされていたのは、全員フィリピーナピナ)でした。
要望があると、2人別々にチョイスも出来たみたいですよ。

2人別々に個室に入るときよりも、2割ほど割安でした。
早朝個室も2割ほど安いんですが、二輪早朝でも更に割安かは
残念ながら聞きそびれてしまいました^^;


お気にのCちゃんが出演していたんで、二輪車は諦(あきら)めたんですよ。
それで、単品個室を買いました^^ 当然、相手はCちゃんです。

彼女と一緒に舞台袖の扉を開けると、そこは狭い玄関になっていました。
ここで靴を脱ぎ、中に入ると、ステージとも またつながっていたんです。
左にはテーブルと椅子が在りました。次の出番を待つ場所ですね。
右には台所があり、自炊が出来るようになっていました。

そこを抜けると階段があり、上ると4畳半の部屋がいくつもありました。
なんとなく、下宿や学生寮といった造りだったんですよ。


部屋の真ん中には布団が敷いてあって、横にはソファーが置いてありました。
これだけ広い部屋なら、二輪車もできますね。

ここで一戦すると、みんなソファーでくつろぐいでいたようです。


水戸ニューコマの個室というのは、出番の待機場所から考えて
女の子の控え室楽屋?)でもあったんでしょう。
押入れに、女の子たちの荷物も入れられるようになっていましたからね~。

当然、ここで寝泊りしていたんでしょうね。

考えてみると、二輪車セットというのは
控え室の相方(あいかた)対策じゃなかったか とも思えますね。

今となっては、確認する手段が無いんでですけど・・・・


楽屋が個室といえば、コロンビアメデジンストリップ劇場
同じように、楽屋=ラブラブ・ルームなんですよ。

詳しくは、表(参:URL1)と裏(参:裏今3)を見てください。



関連する記事を、下に集めておいたぞ。

URL1.メデジンのストリップ劇場については、劇場カテゴリーから 探してくれ
http://gekijoukonjaku.blog.fc2.com/blog-category-5.html

裏今1.二輪車については、出し物カテゴリーから 探してくれ
http://uragekijou.blog102.fc2.com/blog-entry-13.html
裏今2.3Pについては、出し物カテゴリーから 探してくれ
http://uragekijou.blog102.fc2.com/blog-entry-18.html
裏今3.メデジンの劇場個室については、劇場カテゴリーから 探してくれ
http://uragekijou.blog102.fc2.com/blog-entry-33.html


[ 2013/02/08 23:33 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

思い出の女の子01(赤い悪魔N)



ブログをやっているといいもんじゃの~。
朝霞時代ホンベーロ(参:URL1)仲間に再会できた^^

彼が当時かかった曲のURL(youtubeの動画)を送ってくれたおかげで、
しばし、当時を回想することが出来たんじゃ。

そんなわけで、今回は曲付で、
女の子の思い出を語るとしようかの~。


その女の子を初めて見たのは朝霞コマ劇場
その時彼女は、3番手のタッチショーじゃった。

朝霞の3番手というのは、かなりグレードが高かったんじゃ。
モデル系美少女の出現、と思ったヤツも多かったはずじゃ。

美人の割には、意外と面白い娘(こ)じゃったの~。


NightTrain - Kadoc

この曲を使っておったときは、赤い悪魔コスチュームじゃった。
悪魔の尾っぽを前にもってきて、シコシコポーズなどもしておったの~。


Children - Robert Miles

この曲も使っておったが、この曲が NightTrain より先じゃったか
後じゃったか? 歳はとりたくないの~。


はすぐに、朝霞でも1・2番で踊るようになったの~。
朝霞の1・2番というのは、ボニータ(ボニ)たちにとっても
ひとつのステータスだったんじゃよ。

この朝霞コマという劇場、平日の第1第2ステージは本番(参:URL1)なし、
全てタッチショーで個室サービスもなかった。


朝霞コマの比較的近くに焼肉チェーン店、オープンした。
朝霞が閉まる1年前、98年の6月1日、午後1時開店じゃた。


当時、ワシは朝霞に住んでおったから、焼肉屋の開店をよく知っていた。
話のネタに、女の子を誘って昼でも食おうかと思っていたんじゃ。

トップバッターは、顔見知りのだった。
かかってきた最初の曲ですぐに分かったの~。
焼肉に誘うと、二つ返事でOKじゃったよ。

その焼肉屋へは、オープン少し前に着いた。
その後、多くのゲキジェーロやボニが足を運ぶようになるわけじゃが
ワシらが一番手じゃったんだな^^


The Real Thing - 2 Unlimited

これはがオープンでかけていた曲のひとつじゃな。

もう、朝霞の常連(アサケーニョ)なら名前が分かるじゃろうが
源氏名でも名前はコメントしないでおくれよ。

彼女らには、彼女らの別な生活があるんじゃから。


ワシの宇都宮東洋劇場での対戦相手の第1号がNじゃった。

朝霞で満足しているワシはあまり遠征はしなかったんじゃが
宇都宮に帰省する友人がいたもので、ついでに乗せてもらったんじゃ。

シルエットショーではなく、トリの本番じゃったな~。



関連する記事を、下に集めておいたぞ。

URL1.ホンベーロについては
http://shingekijoukonjaku.sblo.jp/article/44445205.html





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[ 2012/11/09 10:36 ] 思い出の女の子 | TB(0) | CM(0)

昔は出来たこと1(劇場写真)ワシの写真へのスタンス



今では絶対出来ないことじゃろうが・・・昔は楽屋が撮れたんじゃ。
厳密(げんみつ)に言うと、楽屋が ついでに写ってたんじゃがな^^


GF001B.jpgGF003B.jpg


実は、上の写真はワシが撮ったものではないんじゃ。
ポニータ(ボニ)たちが、自分たちで写したものなんじゃな。

ワシは、使い切りカメラをボニに渡しただけなんじゃよ。
(元祖の富士フィルムは、レンズ付フィルムと呼んでいるらしい)


カメラ でも フィルム でも呼び名はどうでもいいんじゃが、
とにかく、そいつを丸投げでボニに渡してしまうんじゃ。

で、渡すときに次の ことばをかけていたわけじゃ。
「ネガと写真はあげるらね。ワシ用に1枚焼きまわしていいかな?」
そのときは、ワシとは言わずプロフェソールと名のっておった。

プロフェソール(profesor)というのは、スペイン語で先生という意味なんじゃ。
劇場のスタッフのみんなが「先生」と呼んでいたもんで、
ボニたちに付けられた渾名(あだな)だったんじゃよ(参:URL1)。


女の子たちにとっては、タダで写真が手に入った。
ワシにとっては、ボニたちの生の姿が理解できた。
使いきり写真は、双方にとって有益なものだったわけじゃ。


この写真は、右の女の子が誕生日だったんじゃ。
楽屋の中がパーティー状態だったようじゃの~。
こんなことが出来たのも、外人専門館だったからじゃろう。

今は外人専門のストリップ劇場など存在しないから
使いきりカメラ作戦は、もう使えないんじゃよ ><


これらの写真、実はブログには載せたくなかったんじゃ。
ボニたちがワシを信頼してくれていたから、写真をくれたんじゃからの~。

載せたのには、止むに止まれぬ理由がある。

今ネット上には、目線すら入れてないポラや写真が満ち溢れておる。
いくら抗議をしても、効果が薄いんじゃよ。
気が付いてくれる者は、残念ながら少数じゃ。

やむなく顔をぼかし、刺青(いれずみ)を消し,サインを消して発表した。
その表現でも、充分伝わるものがあると言いたかったんじゃよ。

できれば、ポラや写真を発表するときは
ワシと同じようなスタイルが主流になってもらえるとありがたい。


実際、コロンビアではこんな話があったんじゃ。

ネット上の写真で日本にいたことがバレた女の子がおっての~。

「日本にいた=金を持っている」という図式が働いたんじゃ。
強盗に襲(おそ)われたんじゃよ、その女の子は。

面白半分で載せた写真が、相手のにかかわることもあるんじゃ。


今回ワシは、撮影から 10年近くたった写真を載せた。
ボニたちの顔は変わったじゃろうが、刺青は変わらんからな。

是非是非、載せるときの刺青の修正も忘れないでくれんかの~。



関連する記事を、下に集めておいたぞ。

URL1.メディシーナについては、人物カテゴリーから 探してくれ
http://gekijoukonjaku.blog.fc2.com/blog-category-3.html
※ 楽屋での様子については、豆知識カテゴリーから 探してくれ
http://gekijoukonjaku.blog.fc2.com/blog-category-1.html



_vb.jpg



[ 2012/10/22 22:59 ] ポラロイド | TB(0) | CM(0)









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